女子中学生36名が死亡した凄惨な水難事故→事故の原因になったものは・・・

3 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/11/28 13:26

三重県津市の海岸には、海の守りの女神の像が立っている。
昭和30年7月28日、ここで地元の中学の女子生徒が水泳の授業を行っていた。
ここは遠浅で波も穏やかで、 生徒達は海岸から50mほどのところを泳いでいた。
その授業風景が突然一変した。
泳いでいた生徒達が次々と海中に姿を消し、結果36名が死亡、生存者は9名のみという大惨事になってしまったのだ。

その事故で生き残った一人、弘子さんによると、当時いっしょに泳いでいた同級生が「弘子ちゃん、あれ!あれ!!」としがみついてきたので、2,30メートル沖を見るとその辺で泳いでいた同級生が次々と波間に姿を消していくところだった。
そこで弘子さんは水面をひたひたとゆすりながら、黒いかたまりが、こちらに向かって泳いでくるのを見た。

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それはぐっしょり水を吸い込んだ防空頭巾をかぶり、
もんぺをはいた何十人もの女の姿だった。
弘子さんは必死に逃げようとしたが足をつかまれ、ものすごい力でひっぱられた。

弘子さんは為すすべもなく水中に引きこまれていったが
薄れゆく意識の中で
足にまとわりついて離れない防空頭巾をかぶった無表情な白い顔を、はっきり見続けていたという。

この日は天候も良く、遠浅のこの海岸では子供でも底に足がつくはずだった。

弘子さんは助け上げられはしたが肺炎を併発し二十日間も入院し、
「亡霊が来る、亡霊が来る」と、よくうわごとを言っていたという。

その後の調べによると
この海岸には、事件の起こったちょうど十年前の同じ7月28日に米軍大編隊の焼打ちで市民250余人が亡くなっており
その際火葬しきれない遺体はこの海岸に穴を掘って埋めたという悲しい過去があったことがわかった。

この海辺は現在は遊泳禁止になっている。

 

管理人
管理人

実際に起こった水難事故で、橋北中学校水難事件と呼ばれています。
当時の手記より引用。

「弘子ちゃん、あれを見て!」私のすぐそばを泳いでいた同級生のSさんが、とつぜん私の右腕にしがみつくと、沖をじっと見つめたまま、真っ青になって、わなわなとふるえています。その指さすほうをふりかえって、私も思わず、「あっ!」と叫んでSさんの体にしがみついていました。

私たちがいる場所から、20~30メートル沖のほうで泳いでいた友だちが一人一人、吸いこまれるように、波間に姿を消していくのです。
すると、水面をひたひたとゆすりながら、黒いかたまりが、こちらに向かって泳いでくるではありませんか。私とSさんは、ハッと息をのみながらも、その正体をじっと見つめました。

黒いかたまりは、まちがいなく何十人という女の姿です。
しかも頭にはぐっしょり水をすいこんだ防空頭巾をかぶり、モンペをはいておりました。
夢中で逃げようとする私の足をその手がつかまえたのは、それから一瞬のできごとでした。

(女性自身1963年7月22日号「恐怖の手記シリーズ(3) 私は死霊の手からのがれたが… ある水難事件・被害者の恐ろしい体験」)
 

管理人
管理人

原因は異常流や離岸流、水位上昇などが言われてますが・・・
本当のところはどうなんでしょうね。

コメント

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