106 :温泉宿でほんのり… (前):02/02/12 03:12
旅行先で急に予定が変更になり、日本海沿いの、
ある歴史の古い町に一泊することになった、そのときの話。
日が暮れてから、最初に目に入った旅館に入ったんだけど、シーズンオフのせいかすんなり部屋が取れた。
表から見たときには気がつかなかったけど、なんか格式のありそうな旅館で、長い廊下を案内されてたどり着いたのは古くて立派そうな部屋だった。柱なんか黒光りしていて。
とはいえ、よく心霊話にあるように、嫌な気配を感じたとか、寒気がしたとかいうことはなかった。
(というか、そもそも霊感みたいなものはないんだけど)
畳や調度品も新しく清潔で快適な部屋だった。従業員も愛想が良い。
飯を食って露天風呂につかって、さあ、あとは酒を飲んで寝るだけ、
と部屋でくつろいでいると、窓の外から何やらにぎやかな音がする。
107 :温泉宿でほんのり… (後):02/02/12 03:16
カーテンの隙間からのぞいてみると、植え込みの向こうに大きな離れのようになった建物があって、そこの座敷で宴会をしているらしい。
騒がしくされたらかなわないなと思っていると、三味線の音が耳に入った。
芸者さんらしいのが二人ばかり、ゆったりと優雅に舞っているようすが、障子越しに見て取れる。
ほう、いまどき、と思ってよく耳を傾けてみると、手拍子ひとつ、笑い声ひとつ取っても、なんともいえない品がある。
セクハラおやじどもがカラオケをがなりたてるウチの会社の宴会とは大違いだ。
今でもこういう遊び方をする人がいるんだな、と陽気さのおこぼれにあずかった気分で酒を飲み、酔いの回った体をぬくぬくと丸めて、
夜が更けてますます盛り上がる宴の賑わいを遠くに聞きながら眠りに落ちたのだったが、翌朝窓の外を見ると、
植え込みの向こうには有刺鉄線を張られた雑草のはびこる空き地が寒々とひろがるばかりで、座敷と見間違えそうな建物の影もなかった。
108 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/02/12 03:27
なんか、昔話みたいだ。その宴会に参加しないでよかったね。
狐の話になんか似たようなのがあった気がする
109 :温泉宿でほんのり…:02/02/12 04:30
そうか、あれはキツネだったのか…
しかし、目が覚めたら野原にいて、手には食べかけの土まんじゅうが…というのも
一度くらい体験してみたい気が…
110 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/02/12 04:46
狐のせいにしちゃったら浪漫がないよ。
別にいやな思いしたわけじゃないでしょ?
その旅館に刻まれたいにしえの記憶を垣間見た、
ってことにしようよ。
111 :温泉宿でほんのり…:02/02/12 05:09
>その旅館に刻まれたいにしえの記憶を垣間見た
そうかもしれん。旅館の人の話だと、その空き地はもともと旅館の敷地だったのを
切り売りしたものだそうだから。
だけどそれだと何か怖いからキツネだと思いたい。思わせてくれ。
113 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/02/12 05:14
キツネで思い出したがキツネの化けた女は狭陰でなかなか入らないらしい。
どうでもよすぎるのでさげ。
118 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/02/13 02:51
狐といえば、どの本でだったかどうしても思い出せないんだけど、
ずっと前にこんなのを読んだおぼえがある。
戦後しばらくたった頃、地方のある農村での話。
村で一番の旧家の跡取り息子が失踪する。
山狩りをしても池を浚っても見つからない。
金か女のトラブルかと思い、人を雇って調べさせたがまったく手掛かりがない。
ひと月もたった頃夜中に屋敷の床下から声がする。
家の者が庭に出て見ると、失踪した息子が縁の下から転がり出てきた。
錯乱した状態で「女房が、子供が」と叫びながら床下を指さす。
懐中電灯を当ててみると狐の親子が。
親狐は牙を剥いてこちらを威嚇すると、子狐たちをつれて逃げ去った。
地方都市の精神病院に入れられた息子が語った話。
その日の夕方、彼は庭先で若い女が泣いているのに気づく。
どうして泣いているのかと尋ねると、家に蛇がいて怖くて帰れないのだという。
それならば自分が助けてやろうと、男は女について行き、山の中に入る。
見たこともない道を案内され、小さな小屋にたどり着く。
柱に巻きついていた蛇を石に叩きつけて殺すと、女がお礼に料理と酒を振舞いたいと言う。
酔っ払った男に泊まっていけと勧める。
119 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/02/13 03:00
明かりを消してからしばらくして、女が話しかけた。
「もうおやすみになりましたか」
男が黙っていると、女が布団からぬけ出す気配がする。
しゅるしゅると着物を脱ぐ音がする。するり、と男の脇に温かい体が滑りこんでくる。
翌朝、もう少しここにいてくれないかと女が頼み込む。男はそうする。
十日が経ち一週間が経つ。
女は昼間外に働きに出、夜も電球の下でこまごまとした仕事をしている。
女が働いている間、男はぶらぶらと遊んでいる。
明かりを消した後は、毎日のように交わりをもった。
「家が恋しいのではないですか」女が尋ねる。そんなことはない、
このままずっとここにいたいくらいだ。男は答えて、女の体を抱き寄せる。
半年も経った頃、明かりを消した後でいつものように腿の間に差し入れようとした男の手をそっとつかみ腹の上に導くと、「孕みました」と女は告げた。
「もう一生、離れないでください」
離れるものか。男は誓う。
120 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:02/02/13 03:02
十年が経った。三人の子供が生まれた。
女はあいかわらずよく働き、男を養っている。ある夜、男がふと、家に帰ってみたいと漏らす。
ずっと一緒にいると言ったではないか。女がなじる。
いや、どうしても帰ってみたいのだ。男がなおも頼み込むと、女が突然怒り出した。
「そんなに行きたいのならとっとと出て行くがいい。
その代わり二度と戻ってくるな」
男は土間に突き落とされる。
眠っていたはずの子供たちがいつの間にか母親の後ろに並んでこちらを見下ろしている。
皆の様子がおかしい。
目が光っている。歯をむき出している。獣の匂いがする。
逃げ出した男が気がつくと病院のベッドの上だった。
狐に憑かれたのだと村の者は噂した。病院の医師は一笑に付した。
病人の妄想にすぎないと。
おそらく昼間は床下にひそみ、夜中にどこかから食べ物を盗み出していたのだろう。
しかし、そのような暮らしをひと月も続けてやせ衰えているはずの男の体はむしろ以前より太っていた。
発見時に着ていたシャツは失踪した時に着ていたのと同じ物だったが、
いくらか土ぼこりがついていたものの、洗い立てのように糊がきいていて、ひと月も着続けたものとはとうてい思えなかった。
背中の小さなかぎ裂きに、丁寧な繕いが当ててあった。
コメント